「JKKハウジング大学校シンポジウム」を開催

―「海外住宅市場と住文化 国境を越える日本の住宅産業と住文化」をテーマに―

2015年11月19日
株式会社住環境研究所

積水化学工業株式会社 住宅カンパニー(プレジデント:関口俊一)の調査研究機関である株式会社住環境研究所(所長:倉片恒治、千代田区神田須田町1-1)は、1975年設立以来40年余り、生活者の視点をベースとした住宅と住環境に関する調査と研究を主業とし、それら調査に基づいた情報を発信して参りました。また、1995年には大学の研究者を講師に招き、住環境を様々な視点から捉える講義を通じ若手社員を教育するという目的で「JKKハウジング大学校」を開設し今年で21年目を迎えました。昨年に引き続き、11月13日(金)に『JKKハウジング大学校シンポジウム』を開催しましたのでお知らせします。
今回のテーマは「海外住宅と住文化 国境を越える日本の住宅産業と住文化」。松村秀一東京大学大学院教授(工学系研究科建築学専攻)による基調講演「日本の住宅産業は土俵を変えても実力を発揮できるか」をはじめ、当社研究員による「工業化住宅供給システムの現地化」の紹介、さらにはJKKハウジング大学の講師による「住文化の中の国境を越えて流通しやすいものとしにくいもの」「近年の留学生は日本の住宅や建築の何を学びにきているのか」の2つのテーマによるパネルディスカッションも行いました。会場には約120人が出席しました。

「JKKハウジング大学校シンポジウム」概要

開催日時:11月13日(金) 13:00~17:40
開催場所:ベルサール神田3階 Room1
     (東京都千代田区神田美土代町7住友不動産神田ビル)
基調講演 テーマ:「日本の住宅産業は土俵を変えても実力を発揮できるか」
講演者:松村秀一 東京大学大学院教授
セキスイハイムによるタイ事業の紹介
テーマ:「工業化住宅供給システムの現地化」
紹介者:濱田雄二郎 ㈱住環境研究所    
パネルディスカッション①
    テーマ:「住文化の中の国境を越えて流通しやすいものとしにくいもの」
  パネリスト:菊池成朋    九州大学大学院教授
    鈴木毅 近畿大学教授
   伊藤裕久 東京理科大学教授
   松村秀一 東京大学大学院教授
パネルディスカンション② 
    テーマ:「近年の留学生は日本の住宅や建築の何を学びにきているのか」
  パネリスト:大原一興    横浜国立大学大学院教授
   大月敏雄 東京大学大学院教授
    清家剛 東京大学大学院准教授
    渡和由 筑波大学准教授

 


■基調講演「日本の住宅産業は土俵を変えても実力を発揮できるか」

海外に住宅を輸出するという事業は、過去にアメリカの「メールオーダーハウス」などのパッケージ住宅があり、歴史的に珍しいものではない。ただ、日本のメーカー住宅は注文住宅向けに洗練されてきた歴史があるため、顧客への対応力が蓄積されている。つまり日本の住宅産業は住み手に合わして営業設計から生産、施工までをパッケージ化することにより実力が発揮されている。住まい手から見ると日本のノウハウが通用する部分とそうでない部分とがある。例えばコンパクトに設計する工夫は、台湾などアジア各国で評価される可能性がある一方で、中国では幅木ずれなどの収まりの悪さについては気にされないなど、品質の面では必ずしも評価されるとは限らない。営業設計自体は日本のメーカーの基盤的部分だが、生産性が低いのが課題。工場生産は現地の施工労務単価が低い場合には経済的に成立しにくいが施工品質の不安定さが問題になっている場合は訴求力があると考えられる。施工の担い手については、日本では建設関連の技能者の高齢化、減少に直面している一方で、アジア諸国では、現地の技能者を育成する必要性がある。そこで、現地社会の基盤強化、待遇改善やライフプランの提示などを含めて、企業の枠組みを超えオールジャパンの取り組みを行い、同時に日本での事業にもその人材を活用する仕組みを構築することも考えて、この課題の解決を図ってはどうか。

 


■セキスイハイムのタイ事業の紹介

セキスイハイムはシステムそのものを輸出したところが特徴。品質、断熱性、アフター、工期など現地の住まいづくりの解決策として進出した。ただ、文化の違いは想像以上に大きく、「日本のシステムをそのまま輸出すれば売れるだろう」という考え方は通用しなかった。課題への対応は「現地化」がキーワードとなった。その方法は種々あるが、現地にとって最適な組み合わせをいち早く見出す事がポイント。現在はドマーニを原型とする「アルティメート」シリーズ、タイのスタッフが開発した「スマート」シリーズ、タイのデザインに調和した「ハーモニー」シリーズを販売している。プランニングではメイド部屋、タイ式キッチン、仏間、タイル仕上げ床などタイで求められる仕様を導入しているが、ユニットバス、玄関たたきスペースなど日本からの仕様も普及しつつある。特に空気質にこだわった第一種換気システムは好評。施工面では現地には棟梁を中心とした職人ネットワークがないため、社内で施工チームを作り、育成にも力を入れている。タイには「住宅性能」という概念がなくモデル棟で体験を交えて訴求してきた。工場見学会などのイベントも実施しており、これがブランド力向上に役立っている。こうした活動が昨年からの販売棟数の増加につながっている。

JKKハウジング大学校シンポジウム風景

■パネルディスカッション

テーマ①「住文化の中の国境を越えて流通しやすいものとしにくいもの」

菊地教授

「nLDKが日本の住文化を貧しくした」という批判がある。これは、nLDKで表記することが定着した結果、日本の住まいが画一化してつまらなくなったということである。たとえば、和室などの部屋の性格や、広縁、土間といった部屋以外の空間がnLDKには反映されない。特に広縁や土間などの内と外の中間領域は住宅の重要な構成要素だが、消えていく傾向にある。しかし、私たちが運営するFacebookページ「住まいを愉しむ」で住まいの嗜好性をモニターしたところ、「いいね!」が縁側、土間などの中間領域の写真に集まった。一方、このような内と外をつなぐ空間は日本特有のものではなく、東南アジアの住居に広くみられるものである。この中間領域は伝統的な建築であろうと新しい住宅であろうと、生活上の重要なスペースとして活用されている。このように国を超えて中間領域についての共通性が見られることから、ハード面だけでなく、日本の伝統的な空間手法などソフト面を重視して、海外展開することも可能ではないか。

鈴木教授

住文化の中の国境を越えて流通しやすいものとしにくいものは数多くあるが、その中で流通しやすいものとしては「上下足の履き替え文化」、流通しにくいものとしては「人を招く文化」が代表的なものとしてある。まず、前者については、台湾など日本文化の影響で履き替える国、インドネシア、カナダなど日本文化との関係は不明だが履き替える国、中国やアメリカなど室内でも靴の国の3つがあり、日本の住まいづくりを海外に展開する上でどう考えるべきであろうか。もう一つ海外の住宅を訪問していつも驚くのは、人を招く文化が当たり前にあることだ。非常に気軽に大人数を招いてくれ、また招く時の段取りも文化として定まっているように思う。日本に住む留学生も狭い住宅に大人数を招いている。かつては日本にも接客の文化はあったはずだが復活するだろうか。ところで、日本人は「発展途上国は、今は無理でもいずれ高性能を求める」と考えがちだが、現実には必ずしもそうではなくなっている。世界の価値観は多様化しており、それぞれの住文化を認め対応することが大切だ。住宅産業がどのようなスタンスで進出するのか興味深い。

伊藤教授

台湾の台中市では庭付き3階建て2戸1住宅(1棟に2つの住戸)が建っている。この住宅の住宅配置や庭園は日本式であり、本来の中国式とは異なり、日本の住文化が継承されていることがわかる。また、新築住宅でも日本的な意匠が取り入れられることがあり、それも継承されていることの証だ。特に街並みには戦前期に日本が関与した跡がうかがえる。例えば商店街のアーケードは、個人の敷地の中にあり、そこには商品が並んでいる。民政長官だった後藤新平が都市計画を立案したが、彼は台湾の慣習や制度にあった政策を展開した。この事例が示すのは「現地化」の必要性である。所得格差があるアジアでは今後、富裕層だけの住まい・街づくりのほか、低所得者層向け住宅についても、日本は何か提案できるのではないかと期待している。

松村教授

アジアの住宅市場を考えると、今の日本住宅産業にないもの、日本に欠けているものが向こうにあるように感じる。セキスイハイムの第1号商品「M1」の生みの親である大野勝彦さんは、かつて「日本のプレハブ住宅は郊外型住宅でしかない。都市型住宅を生み出していない」と語っていたことが思い出された。ハウスメーカーがアジアに進出した場合、富裕層向けの「ゲーティッドコミュニティ」的な開発が中心となりそうだが、低所得者向けや都市型住宅の供給も含め、これまで日本ではできてないことにもチャレンジしていただきたい。まっさらな場所に行くのだから、このような目標設定があった方がいいと感じる。今日本ではリノベーション住宅が盛り上がっている。その状況を海外とシェアできないか。新築ではなくリノベーションでいくべきではというのが本音で、世界が求めているような気がする。また、新築なら住宅本体だけでなく、システムなど半製品的なものを輸出することも考えるべきではないか。大気汚染が深刻な中国などでは、セキスイハイムのような高気密住宅+空調システムが求められるはずだ。

 

テーマ②「近年の留学生は日本の住宅や建築の何を学びにきているのか」

大原教授

私の研究室の留学生が求めているテーマは「高齢化・福祉」と「ミュージアム・文化施設」のどちらかだ。「とりあえず日本に来れば何かあるだろう」と思い留学している者が多い、「高齢化・福祉」については、特に韓国や中国では少子高齢化がものすごい勢いだから、それらの国から来た留学生は学ぶべきものがあると認識しているようだ。ただ、学ぶことは時代によって異なっている。80年代は設計の基準、90年代は民間の取り組み、2000年に入ってからは社会制度に変わってきた。高齢化に対する先進技術として、介護ロボットについて興味を示す学生もいる。韓国では住宅改修のスペシャリストの育成など日本より早く進んでいる分野もある。日本と母国の現状の違いを知り、仕組みを変えていこうと素直に学んでいる学生が多い。

渡准教授

留学生たちが日本に学びに来ていることは「独自で自由な建築形態」「シンプルな建築形態」「建築の可変性・柔軟性」「借景」「縁側空間」「都市のインテリア」(公共の場所に座席やテーブルがあるなど)「人のための建築空間」(丹下健三の設計思想など)「民有地の利用法」(民家の公開緑地など)そして私が専門とする「戸建て住宅地の配置計画」などだ。また、国外の専門家と接することで、日本の住まいづくりや街づくりの国外への影響について再認識させられる機会がある。例えば、「食べられる庭」(エディブルランドスケープ)、鉄道駅前の歩ける用途混在の住宅地がアメリカなどで住宅地計画論や開発に取り入れられていることが確認できた。それらのことは我々が気づいていない価値であり、日本の住宅産業への示唆がありそうだ。

清家准教授

中国や台湾、韓国などアジア諸国のほか、EU出身の学生に工法・建築生産の分野を教えている。アジアの学生は「自国の建築をよくしたい、日本の建築の質は高く、なぜ日本のような建築ができないのか」と悩んでいるようだ。例えば、中国には世界の太陽熱給湯器の8割があるが、これは電気でお湯をわかすと高いから。近年は太陽光発電システムも普及をし始めているが、汚れて発電効率が悪い。だから「空気をキレイにしないと」という建築とは関係ないところに行き着き、混乱するケースもある。仕上がりの品質や耐久性の高さに日本の底力を感じているが、法制度や契約のあり方、職人の技術など、何が違うのかを研究としている学生もいる。EUからの学生は「ロボットの研究をして何かできないか。技術大国日本で様々な可能性を探りたい」という学生もいる。劇的に変わるわけではないが、ヨーロッパよりは研究の進展が期待できるという。彼らからすると日本人は「技術の高さを当たり前のこと」と見ている。一方で世界基準に合わせるべきとの議論もある。留学生たちと接することで、日本の建築技術の特徴を考え直す機会になっている。

大月教授

欧米系とそうでない学生ではずいぶんと学ぶためのモチベーションが違う。欧米系はアニメなど日本に特別の興味を抱いてきている印象。中国や韓国、台湾などの東アジアの学生は、「日本と自国の経験の差から学びたい」という雰囲気。それ以外の発展途上国の学生は国を背負っている意識が高く、「日本の経験を生かしたい」と考えているようだが、必ずしも適した技術に行き着けるわけではなく悩んでいる人も多い。シンポジウムの前に自分の研究室の留学生の何人かにアンケート調査をした。ある中国人の女子学生は「日本は最も多様な都市問題に直面した歴史があり、中国の未来の問題に直面している。文化や慣習に共通点が多い」などと応えていた。ただ、中国は4000年の歴史があり都市形成は日本より早いなど、経験は本来日本よりあるはずで、近代の経験だけで見ている気がする。また、留学生を受け入れることで、例えば日本人と中国人、ネパール人などの学生が、ネパール大地震の住宅再建について協力して取り組む機会があるなど、多様な国際連携の機会を得られることもある。

 

*シンポジウムの発言内容については、住環境研究所にて要約しています。